こんにちは。

 

苫米地式コーチング認定コーチの大西です。

 

コーチングを学んでいらっしゃる方や、興味をもっている方なら“抽象度”と言う言葉は聞いた事があるかと思います。

 

これは苫米地博士が作った造語で、もともと抽象度なんて言葉は無いみたいなんですが、分かりやすい様に“抽象”と言う言葉に“度”をつけて抽象度としたそうです。

 

意味はそのまんまで、抽象の度合いを表します。

 

対になる言葉は具体ですね。

 

コーチを含めコーチングを学び始めた当初は、皆んなこぞって抽象度の高い視点を心がける様になります。

 

なぜかと言うと、1つ上の抽象度で考える事によってスコトマ(盲点)が外れ、問題が解決する糸口を俯瞰して見つけられるからです。

 

これが段々慣れてくと、日常的にずっと抽象度の高い思考が出来るようになれます。

 

ただ、どんどん上げて行くことばかりをやっていればいいかと言えばそうでもありません。

 

例えば、バレンタインにチョコレートを貰っておいて「糖質だ」と捉えるのは些か素っ気ない捉え方というものでしょう。

 

ですから、抽象度を上げて考えるのもとても大事なのですが、“敷衍(ふえん)”してみることもやってみるといいです。

 

敷衍とは、抽象的なものを具体的に展開して行く事を言います。

 

ですから、チョコレートを貰ったらただ単に“チョコレート”と捉えるのではなく、

 

「義理ではあるけれど、1年前からずっと気になっているあの子から貰えたチョコレート」だとか、「形は不器用だし、味もちょっと苦いけど、娘が一生懸命作ってくれた愛情のこもった最高のチョコレート」という風に具体的に捉えるのです。

 

この様に具体的に展開して捉えることは、実は止観する事に繋がっていくのです。

 

止観とはそのまま止めて観る事を表します。

 

煩悩を止めて、あるがままにみるという意味です。

 

脳は自分が重要であると思っているものしか認識をしようとはしません。

 

自分が重要であると思っていないものは見えていないのです。

 

つまり人に煩悩がある以上、必ず見えていないものがあると言うことです。

 

しかし敷衍をする事で対象となるものを細かく捉えようとしますから、気づかない様なことに気づける様になるのですね。

 

そうする事で目の前にあるチョコレートが無数の縁起によって存在している事を実感出来るようになるのです。

 

ですから美味しいものを食べた時でも、あえて“美味しい”と端的な表現で済ませずに、「ふんわりとトロけて甘い上に、口いっぱいに濃厚なコクを感じる!」と言う風に敷衍するのです。

 

音楽に感動したのであれば、感動したの一言で終わらせずに「繊細で優しいメロディーが小さい頃の母親から聴かされた子守唄の様で心が温まった!」と言う風に敷衍するのです。

 

この様にあらゆるものを敷衍する事で、表面的なところだけでは見えない多くの情報を拾える事が出来るわけです。

 

コーチング用語でこれをスコトマ(盲点)と言うのは多分もうご存知でしょう。

 

抽象度を上げる事と敷衍する事をたくさん行って、より多くの情報にアクセス出来る用になって下さいね!